池袋ジュンク堂 空の広場原画展

2020 年 6 月 30 日 火曜日

清水あすか 「空の広場になる③」空の広場原画展。

2020.6.22(月)~7.19(日)

ジュンク堂書店池袋本店3F 壁ギャラリー

八丈島の「南海タイムス」さんが休刊のお知らせあり。

イニュニックは「空の広場」を応援しています。

はちどり

2020 年 6 月 29 日 月曜日

はちどり。鳥の中で一番小さくて、1秒間に60回も羽ばたきます。

小さくて必死に羽ばたかないと生きて行けない鳥。

韓国儒教文化では、男が絶対だし、親や目上の者の前では、煙草を

喫う事も胡坐をかく事も出来ませんでした。まして子供でも大人で

も無い14歳は脇役に過ぎない。後ろからのショットと唐突な場面

展開。ドラマは脇役の物では無い。処遇の様々な違和感が理解でき

ないと割と退屈な展開に始終する。儒教とは孔子に端を発する教え

で国家を統治する為政者との親和性は非常に高い。日本には朱子学

として儒教の教えは徳川時代に広まりました。仁義礼智信、養慈友

恭孝、長幼の序、家父長制、男尊女卑。正確には2600年前、呉

越戦争に負けた呉の人達が稲作農耕文化と一緒に弥生人として入っ

て来て日本の源流となりました。本家の中国の場合は、共産主義で

廃れはじめ、日本の場合は西洋文化の影響とキリスト教で儒教を宣

う人は少なくなりましたが源流はあまり変わりません。朝鮮半島で

は長く両班と云う身分制度ともに儒教は残りました。

女性蔑視に留まらない、制度や社会構造に根差すあらゆる不平等に

対して描かれた映画です。世界、50以上の映画賞で絶賛されている。

制度は人を守る様な顔をして人を縛る。守る人と縛る人を常に固定し

続けるのは国家のお約束ではありますが、身分制度やレイシズムとの

境界を曖昧にしたまま、弱きものは、弱きままに留め置かれる。


クールマスク

2020 年 6 月 29 日 月曜日

夏用に寒冷紗でマスクを作ってみました。2枚だと少し透けます。

3枚重ねだと丁度いいのではないかと思います。これだと呼吸は

苦しくないのでスポーツにも使えます。

うどん

2020 年 6 月 26 日 金曜日

食べ物の話はあまり書かないです。書かない様にしています。

「読書の日記」や「富士日記」等は食べ物の話ばかりですね。

人の食べ物の話は大好きなんです。どの様な作品に触れたと

云うより何を食べているか?と云う方が遥かにその人の本質

を現している。と思っています。だから余計に書けないので

す。一昨日の朝、香川県でうどんを5杯はしごして食べている

のを朝食のパンを齧りながら見たのです。久々の小麦です。

食べているのも見ているのも小麦です。小麦を押さえる様に

なっているけど時々やみくもに小麦食べたくなります。パン

は、日曜日に買った渋谷の「VIRON」のバゲットです。

さてさて、うどんの話。池袋のジュンク堂の横、東通りを少

し入った処に武蔵野うどんの「うちたて家」。ここのうどん

は硬いです。歯が立たない。ぐらい硬い。入れ歯の無い父親

に死ぬ半年前にここのうどんを食べさせた。もう長くないか

ら入れ歯は要らんと云うから、食わしてやった。中々旨いと

やせ我慢していた。九州全体のうどんは柔らかい。何処で食

べても大体柔らかい。昔うどんは病人が食べるモノでした。

カレーは飲み物です、とんかつは飲み物です等と柔らかさを

謳う店がいろいろありますが、そこは本当に腰を抜かすほど

柔らかいのは伊勢うどん。おかげ横丁の「ふくすけ」ここは

伊勢うどん一本だった様な感じだったので入りました。小さ

なころからずっと聞かされていた「箸で切れるステーキの和

田金」を予約していたんだけど、その日になって伊勢神宮に

お参りに行くのに「ステーキ」喰って行くのは、何か違う気

がしたので「身体の調子が悪い」と云ってキャンセルしたの

です。かみさんは少し面白く無いような感じでした。内宮を

先に参拝したのでお昼だいぶ過ぎていました。それで、さほど

期待する事も無く「伊勢うどん」です。甘がらいたれがかかっ

て大盛にして生卵を乗せてどんぶりから飲み込むようにすすり

上げて、レジで会計しているともう腹まで着いた様で「グー」

腹の虫が鳴りよるのです。恐ろしいほどの消化ですね。讃岐う

どんは、有名な処は何処にも入ったことが無くこしの在るのか

ら柔らかいのまで色々です。腰が強い方が小麦の甘みと旨味が

感じられるのでこしこしと云いがちですが、出汁やのど越しも

うまさの重要な処、腹減っていればなんでも旨い。最後にこの

セリフが出てしまうので食べ物の話は、上手く纏まらないです。

日記営業

2020 年 6 月 25 日 木曜日


「読書の日記」は500ページ位まで読み進めて来てなんとなく飽き

てしまい、終りにしてしまいました。自分自身の日記の立ち位置など

再確認したくて、色々な日記を再読しています。高見順、武田百合子、

深沢七郎等など。しかしあまり参考にならない。

阿久津さんの「読書の日記」は、商売とウエブサイトと個人の人とな

りとそれらをすべて含んだ営業日記になっていて、参考になると云え

ば大変参考になる。しかしここまで赤裸々に書くのかぁと少し腰が引

けてしまう私が居ます。気に入らない客も容赦なく怒りますし、日記

でも赤裸々ですね。これ読んだら、思い入れの無い人は一発アウトの

様な気がしますが、逆に言えばより強いファンを獲得するかもしれま

せん。度胸が良い。fuzkueの理想形が図書館化なのだとしたら、仕込

みや、厨房が忙しければ忙しいほどお店の理想形から離れて行く。読

書にのめり込めばのめり込むほど、経営の本筋から離れて行く。この

大いなる自己矛盾を抱えながら七転八倒が面白いのでしょうね?少々

意地悪な書籍化では無いかと思ったりしますが・・・・。

さて私は如何する?私自身もここで反社会的な言説を振り撒いている

限り、大企業から付き合って頂けないと云うのは、重々承知している

のです。だから隠そうかなと云う考えも出て来ますしやめちゃおうか

なとも考えます。SNS的な利用と云うのは常に両刃の件です。

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