土肥 象牙美術宝庫

2014 年 6 月 5 日

ココはフラッシュたかなければ撮影OKでした。

静岡県伊豆市土肥 「象牙美術宝庫」

1990年にワシントン条約で象牙の売買は、禁止されています。

これらは、中国の物。製造年月日は1920年ぐらいから1950年ぐらいまで

ですが中には1980年制作の物もありました。昔の物はすべて手掘りですが、

新しいものは歯医者さんが使うキーーンというので彫るそうです。

これほどのモノが一カ所に集まったのは奇跡に近いのではないでしょうか?

文化大革命当時、これらの物は反革命的芸術品としてほとんど、壊されました。

骨董、書画、金細工、象牙細工。芸術家、ブルジョワジー、教師、名家、地主。

約5000万人の人々と夥しい芸術品が壊されました。

雲南のほうの人が隠し持っていたモノを日中国交回復後に向こうに渡った土肥の

貿易商の人が持ち帰った物のようです。完成が1940年、45年などの物が沢山

有り戦争中でも結構作っていたみたいです。実際にその時その時の事というのは、

その場所にいないと実際の空気感など中々分かりにくいものです。

国民党と共産党と日本軍との三つ巴の戦いの中であっちとこっちが協力したり

反目したり、戦後、台湾にいた日本軍を中国に連れてきて共産軍と戦わせたり、

いつまでも武装解除させないで利用方法を考えたり、これらはアメリカの差し金

なのですが、色んなことがあったようです。今はアメリカさんの言うとおりにして

おけば皆幸せになれるという考えで纏まっているので、やはりスタコラ黙って

そっちのほうに行くようですが、生きたり死んだりというのは自分一人のこと

ですから、みんながどお云おうと、大事なことは、自分一人で決めなければ

いけません。国としてやるのかやらないのかではなく、自分自身がやるのか

やらないのかという立場で考えるべきです。

写真集のつくり方

2014 年 6 月 4 日

玄光社mook  「写真集のつくり方」 丹野清志著

「第4章写真集制作の方法」

尾仲さんの「LUCKY CAT」の制作工程が紹介されています。

イニュニックで制作した工程をそのまま、写真付きで紹介して頂いております。

色校正、画像補正、本紙校正。いろんな段階を踏んで完成に近づきます。

尾仲さんは全頁、すべて印刷立会いをされます。また、それはとても大切と

仰いますが、そこに行く前の画像修正のほうがもっと大切です。

大体、8ページづつ刷っていきますが、ピンポイントでその部分だけ色を

変えることは出来ません。全体で、濃度を上げたり下げたりするのがせいぜい

です。ですが、写真家の方が現場に居られると空気は引き締まります。

イニュニックでは、ほとんどの場合、私がオペレーターに写真家の方の

ご要望を伝えて、1・2台 私が立ち会って流れを決めて刷り上げると

いう段取りでご容赦頂いております。

写真集の制作の一番肝心なところは、とにかく印刷屋選びにつきます。

イニュニックが最高とは言いませんが、いろんな印刷会社に出向いて

雰囲気や設備や対応を確認して決めるのが一番です。

オーストラリアからのお客様

2014 年 6 月 3 日

オーストラリアの写真家のお客様、ロバートさん。わざわざ、通訳の方を

伴ってイニュニックにおいで下さりました。1週間前においで頂いたやはり

日本在住のアメリカ人の写真家の方のサイトでイニュニックのことを知り

すぐに、訪ねてこられたようです。ここの所毎週のように世界からお客様が

おいで下さります。言葉は通じないし、やり取りが遠いし、送料は50万、

100万レベルでかかるし、私的には「まじかよぉ」という感じなのです。

こちとら、板橋の小さな印刷屋ですぜ。写真家の紙焼き、データを印刷で

再現することはとてもデリケートな作業です。

何回もカラープルーフ出せばOKというものでは無いのです。

フェースブックか何かで広まると一気にその情報は駆け巡るのかもしれま

せんが、過剰に想い込まれても困るのです。最初は嬉しかった。

今は恐ろしいです。でも、これは大きなチャンスなのでしょうか?

この年で、若者に交じって英会話スクールに行かなければいけないのか?

しかしここは、ヤレヤレなのではなく、  「ワクワクで行って見れぇ!」

なのでしょうね?

大きな印刷

2014 年 6 月 2 日

スマートフォンやネットでいろんな情報を覗き込みます。

膨大な量の様々な情報が次から次にどんどこどんどこ出てきます。

しかし、それらのどれもが類似性や共通点の多いものばかりです。

そのような仕掛けになっています。正反対の物や嫌いなもの

自分の趣味とは真逆の物はあまり出てこない。常に我々の

満足に寄り添ってお膳立てしてくれます。

今日、写真家の方々がお出でになり、68ページのB6の中綴じの相談を

受けていました。たまたま、紙の質感と発色をお見せするのに「東北食べる

通信」をお見せして説明していたら急にその大きさにご興味を持たれました。

今、印刷物は大きなものが流行っています。タブロイド判は、小さな新聞

サイズですが、スマホの画面より大きいです。大きく見せるのは、単にそれ

自体を大きく見せるだけでは無く、いろんな多様な情報の比較や相関関係や

流れなどを俯瞰で見せることができるのです。

新聞サイズ、A1マップ折り。鳥の目で大きな森を。

結局、データを全部作り直して、タブロイド判にしてご入稿されるようです。

本が開いて話が広がる

2014 年 5 月 30 日

「寿都五十話」 A5判 本文784頁。厚さ46mm。重さ900g。

並製本の厚さの限界は大体、50mm位です。バインダー機のメーカーに

よって40mmの場合もありますし、45mmの場合もあります。

本文が厚いと綴じを強くするために背中のノリを多くします。すると綴じ側は

強くなりますが、開きの悪い本になります。その辺りを防ぐために本文用紙に

柔らかいラフ書籍用紙を使ったりしますが、画期的に本が開きやすくなると

云えばPUR製本です。これはバインダー用ホットメルトを従来型のEVA系

ホットメルトからPUR系ホットメルトに変更したものです。ポリウレタン系の

樹脂を使います。耐熱耐寒性に優れ、高い強度を持ち、環境にやさしい。

ヨーロッパでは10年前から普及し、アジロ用ホットメルトと云えばPURが

一般的です。少量で強い接着性があり、尚かつ固まっても糊が柔らかいので、

しなやかに本が開きます。EVA系ホットメルトは、180度まで加熱して製本

します。白くてかたいチップを溶解タンクに入れて溶かして使います。

作業が終わって冷却しても翌日、加熱すればまたそのまま使用できます。

一方、PUR系ホットメルトは、120度の加熱で使用できますが、作業が

終わって一旦、電源を切ってしまうと固まってしまい、それを翌日溶かしては

使えません。一日の作業が終わるとタンクを綺麗に洗浄しなければいけません。

その辺りが良いことづくめにも拘らずPUR製本の日本国内での普及が滞って

いる理由です。材料代と手間が掛かる以上に技術的な生産性の壁もあります。

たとえば、真っ黒い見開きでしっかり開くと中心にホットメルトの白が見えます。

PURが適さないページレイアウトもあります。

オンデマンドで表裏全面印刷の写真集などでは紙の表面でトナーが固着する

ため、1枚1枚の紙が固くなり本は開きにくくなります。こちらなどはPUR製本が

適しているパターンです。分厚い本、オンデマンド印刷の本などが適している

ように思います。金額も割高になります。でも本が開くのは魅力的です。

「寿都」。北海道はニセコのすぐ近く、積丹半島の根元の向こうには

泊原発が見えるところ。ニシン漁のころには有名だったようですが、

今はただ、歴史の堆積に忘れ去られようとしている町かもしれません。

山本さんは気象庁に勤めながら、たまたま勤務することになった寿都市の

歴史を調べるうちにそこに大きく広がる先人たちの足跡を採集し、昔語りや

言い伝えなどを採録されました。偉人の自慢話より市井の人々の楽しかった話、

悲しかった話のほうが私は好きです。

一人一人の小さな生活のエピソードが街の顔になっていくのですね。

明治のニシンの大豊漁。戦前のツェッペリン伯号の飛来。米軍の空襲と

東海丸の沈没。小学校の運動会のむしろ小屋。北海道の小学校の運動会は

祭りなんですね。テキヤの屋台やパチンコの遊技場が並ぶようです。

運動会の休憩時間に真っ白い小学生が一列になって青空の下、一斉に

パチンコを打っている姿というのは今では考えられないぐらいシュールです。

町名の由来はアイヌ語で「シュブキペツ」(芽の多い川)

こちらの本は、イニュニックの出版部門「書肆 山住」から出しております。

ISBNコードをお貸ししただけですが。  アマゾンで販売中。

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