フランス製本

2014 年 5 月 29 日

ガンダレ表紙、またはガンダレ製本をフランス製本と勘違いされて

いる方がとても多いのです。

フランス製本またはフランス装は、まだ印刷物がとても高価な中世の

ヨーロッパ。中世といってもグーテンベルクが印刷機を発明したのが

15世紀ですのでそれ以降のこと。王侯貴族に本を売る場合、本文用紙に

活版印刷で文字を印刷して、16ページで折りそれを重ね合わせてページを

順番にして、表紙は大きな紙を3方の小口をそれぞれ中側に折りたたみ、

見返しで本文と表紙を付けて販売しました。本文は折ったままの状態で

三方を断裁していないので、袋になっており、中を読むことができません。

王侯貴族にはそれぞれ、お抱えの装丁士、造本職人がおりました。

よく、ハプスブルク家とか何ちゃら家の書斎などの映像を目にすることが

あると思いますが、大体、百科事典のように外側の装丁が同じ本がずらりと

並んでいます。その家オリジナルのデザインで統一されたものでした。

これに昭和のお父さんはコロッと騙されて我先に百科事典を買い求めた

ものでした。私も百科事典とは思いませんでしたが、あちらでも「大菩薩峠」

のような長いお話があるのだと思ってました。

フランス製本にも本フランス装と仮フランス装があります。本フランス装は、

表紙をビクで抜いて小口3方をそれぞれ中側に折りたたんだものですが、

仮フランス装は天と地を中に折りたたみ、小口も中に折りたたみ、見返しを

貼ってしまうものです。

正式のフランス製本は、仮の姿として作られ、プロの装幀家の手に渡るまでの

うたかたの形なのであります。

ガンダレ製本(ガンダレ表紙)は下の写真になります。

イニュニックのガンダレは、本格的です。表紙の小口、折れるところは

勿論ですが、厚い紙の場合は背表紙のところにも筋を入れます。

東京神田竹尾見本帖

2014 年 5 月 28 日

お客様の問い合わせに私自身が知らない紙が数々出てきております。

見本帳2セットあるのですが、紛失している見本帳も出てきており

少し差し障りが出て来てしまいましたので、神田まで見本帳の補充に

行ってきました。

今一番新しいのが「タブロ」今月より販売開始となっております。

文字通り新聞紙の風合いを出しながら、リーフレットやフラーヤー、

本文用紙にも使えるように少し厚手に作ってあります。企画倒れになった

「OKアドニスラフ グレー」の感じでしょうか?質感は「OKアドニスラフ」を

もっとチープでザラザラ感を強くした感じです。厚さは0.15mmだけ。

先日かみさんの買い物に付き合って店でもらってきたコムデギャルソンの

リーフレット。タブロイド判で新聞風に作ってありました。下の写真の右が

新聞風リーフレット。左が竹尾さんで貰った「タブロ」。とても似た雰囲気

です。ギャルソンさんの物は多分特抄きの古紙です。絶妙な風合いで

作ってあります。

「タブロ」4/6判Y目65.5Kg  菊判Y目45.5Kg 紙厚0.15mm

「D`CRAFT 」  デザインされたクラフト紙。

見返しや帯に使っても面白いです。

「プライク」 触感シリーズの中にある素材感のある用紙プライク。

ハードカバーの表紙に使えるかなと考えておりますが、耐久性が

どの程度か少し試験をしてみる必要がございます。

補充の見本帳たち。

伊藤信夫商店

2014 年 5 月 27 日

上製本の本では表紙、見返し、本文、本扉など等、本を形作る重要な

要素がデザインを決定しますが中々侮れないものに花布、栞がございます。

本をひも解いて目を引く、花布、栞も本の美しさをより引き立てるアクセントと

なります。上製本のご注文のお客様に時々、栞の品番でご注文される場合が

見受けられます。「伊藤信夫商店しおり14番」などなど。

慌ててカタログを貰いに行ったのです。

伊藤信夫商店 板橋1丁目 こちらのサンプルは有料です。¥2100-

もともと、神田で営業されてたそうですが、14年前にこちら板橋に移られて

来られたようです。アサヒクロスさんも神田から板橋に移られておいでです。

花布(はなぎれ) 本文の天地ノドギリギリのところに付ける飾り布です。

補強のための物でもあります。

伊藤商店さんの花布は昭和初期からの名著、名書に数多く使われている

有名ブランドです。

栞(しおり) 読書進行中の中断箇所を挿し示す天のノドより垂れ下がる色つきの

紐です。テグスなど透明なものは用をなさないので無意味です。

私は、好きな箇所だけ読むのに使ったりしますが、最近は栞の付いた

高価な本はあまり読んでいないので、もっぱらドッグイヤーで済ませています。

水仁舎 造本家の北見さんは花布を編むところから始めるようです。

バイブル 岡部桃さん

2014 年 5 月 24 日

ダシュウッド・ブック 岡部桃さん写真集「バイブル」完成。

岡部さんに来ていただいてサインして、ニューヨークに発送です。

チェックして頂いて合格頂き、今現在の私はスンバらしい高揚感に包まれながら

この日記を書いております。この3か月、寝ても覚めてもこの写真集が頭から

離れなかったのです。やっと、出来た。

余生

2014 年 5 月 15 日

年金の支給開始を75歳からなどとするという提案があるようですが、

これは困ったと頭を抱えた昨日だったのです。

65歳になったら引退して、田舎で農業する予定だったのです。

いえいえ、「60歳過ぎてでも良いな」と甘っちょろい妄想を逞しくして

いたのであります。しかししかし、少しばかりの現金収入が無いと

自給自足では生活が立ち行かない。さてさて、脆くも我が余生、

暗雲が立ち込めはじめたのであります。毎日毎日、身を粉にして

働き通して来たのは、すべてその優雅な余生一本を夢見定めて

来たからに他なりません。里山資本主義に描かれた、循環型、再生型

小さな集落、強い絆、地方からの情報発信、地域の特産物の加工品、

ネット販売。保育所と特養と軽作業所と集会所になるような人と人が

つながれる場を作りたいと思っていたのであります。

今から、そんなことになっているのでしたら後十年もしたら、80歳で一括

500万円払うけどどっちが良い?とかいう選択肢も出てくるのかもしれません。

代々、山住の男親のほうは遊び人の系統を引き継いでおります。

曾爺さんは、相撲が好きで働かないで相撲ばかり取っていて田地田畑

全部売り飛ばしてしまった大ばか者です。昼は男衆と四つ相撲、夜は

女衆と床相撲、数々の武勇伝を残した裸の大将です。

爺さんは海軍の軍人でした。14・5歳で海軍に入ったのでしたら、ロシアの

バルチック艦隊と戦っているはずなのですが、その話はあまり聞いておりま

せん。軍艦出雲に乗っておりました。私が1・2歳の頃69歳で亡くなっており

ます。海軍のボート競走の大会で優勝して、記念に三方と杯を賜ったものが

我が家の家宝となっております。その爺さんは35歳で退役して隠居しています。

恩給が昭和の初めで100円。当時の大工の棟梁の給料が20円ぐらいだったと

云いますからべらぼうな高給です。うちの爺さんは士官という話は聞いていな

かったので、海軍は相当に高給取りだったのでしょうか?35歳で隠居した

爺さんはやっぱり遊び人で置屋の芸者のところに習い事に行くといって

しょっちゅう通っていたそうです。しかし、その恩給も、誰かの保証人になって

家に入らなくなり、また働かなくてはならなくなりました。

しかし、35歳で隠居なんて、軍人とは良いものですね。65歳から徴兵制を

布いて75歳まで軍隊で年金予定者をこき使うというのはどうでしょう?

日本の軍隊はよその国に比べて命の価値が異常に低かった。だから史上

最強と恐れられるし、アメリカも対共産主義の防波堤として利用価値がある

のではと温存されてるわけですが、鉄砲玉代わりに使うのに若い命ではもったい

ない。年金を支えて貰わなければなりません。だから年金を受給される方に

戦争に行ってもらうのです。素晴らしい明暗でしょう。代議士も官僚も社長も

職人も魚屋もみんな一律、65歳になったら2等兵から始める。

これは一石二鳥ですね。社会保障費を抑えながらその対象を消していく。

サロンパスのにおいがプンプンする老人部隊。

しかし、女房たちや若者たちが膝ポンとたたいて「それ名案」と言って具現化に

動き出すような感じがするのが、ちょと怖い。

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