季節の無い街
2020 年 8 月 20 日昨日の夜、墓場の横を自転車漕いでいたら、秋の虫が鳴いて居るのですね。
日中茹だる様な暑さで勿論まだまだ8月でもありよもや秋の気配を感じる
とは露とも思っていない処だったので、意外としんみりしてしまいました。
泉谷しげるの「春夏秋冬」は、横浜の寿町を唄ったのか山谷を唄ったのか
兎に角どっちかだったように記憶しています。東京に住むと季節の移ろい
と云うのは中々感じづらい処ですが、それでも偕楽園の梅だとか、上野の
桜がだとか、端午の節句、堀切の菖蒲園、海の日、隅田川の花火大会、お
盆の帰省とニュースで季節毎の風景が在ればそれなりに季節の移ろいは感
じられます。仕事どっぷりの間に忙しげな飲み食いが挿入される日々の唯
一の春夏秋冬。ニュースも無くなったら今がどの辺なのかも定かじゃない
が流れる汗が唯一、身体に夏だと教えてくれる。虫はその辺、騙される事
無くしっかり秋の準備に入っています。
ハンガリーピクニック計画
2020 年 8 月 19 日ハンガリーは、何だか素敵な処なのかな?ハリウッドも映画をよくここで
撮っています。かの「サタンタンゴ」もハンガリーが撮影地です。この前、
「ハンガリア狂詩曲」も買って聴いていました。
今日は「ハンガリーピクニック計画」の日だそうです。31年前、この
ピクニックで世界が大きく変わった。天安門が6月4日。それから3か
月後です。ピクニックで共産主義は瓦解し始めたと云えば愉快です。
戦争は退廃の極致に現われる破滅衝動と云う感想を持ちました。
勿論させられる方では無くて、命令を下す方の話。
狂言回しが1984のジョージ・オーウェルで冒頭知り合った時に
オーウェルは、スターリンの共産主義をべた褒めしていたのです。
戦争の記憶
2020 年 8 月 18 日盆の三日間を休みにしたのですが、何処からもやんわりとお断りの言葉を
頂いてしまい、何処にも出かけることが出来ない盆休みでした。田舎に帰
っても墓参りをしたら、後は高校野球を眺める様などうでも良い様な何か
待っていたら、冷たいものが出たり、子供が水浴びしたり、日が陰ったら
さて酒でも行こうかとだらだらと過ごすだけの時間です。唯々、何も無い
時間だけが過ぎて行く。これが基本的な盆休みの過ごし方でした。
東京のテレビは、映画が見れるのですが、75年前の戦争をテーマにした
モノが多かった。日本の戦争物は嫌いなので殆んど見ることは有りません。
反戦をベースにしていたり、2度とこんな事はと云う感じであの戦争の悲惨
を画いているのですが、必ず映画の基本になっているのが、確固たる愛国心
を体現する、兵隊、将校、国民の姿なのです。記憶は常に美化されていく。
しかし、記憶と事実は違います。下の写真は、真珠湾攻撃の5か月後から
始まった首都圏空襲の被災地図です。全部で130回の首都圏爆撃が在り、
25万人が亡くなっています。赤い処が焼け野原になった処。白い処は3年
間、一回も爆弾が落ちなかった処。皇居、近衛師団、軍中枢部、陸軍省、参
謀本部、丸の内ビル街も無傷、赤羽弾薬庫も攻撃なし。軍需工業や羽田飛行
場も損傷なし。悉く攻撃されていたのは民間人の住居と生活の場だけでし
た。
終戦の10月、上海の大学の校庭にアメリカ軍のトラックが何百台も並びま
した。父の部隊は操64師団、約1万人の部隊でしたが武装解除になったの
が11月です。勿論、ソビエトが関東軍60万人をシベリアに連れ去ってし
まったと云うのがアメリカの思惑が大きく外れた処。皇室の所有地上野公園
や新宿御苑には空襲が無いのだったら、最初から云って呉れたら助かる命も
在ったはず。戦争の記憶がとか云うけど、本当の事なんか誰も言わない。
暑い東京3日間
2020 年 8 月 17 日
マンションの廊下に2日、仰向けでいた。3日目通りかかったら少し
動いたので家に連れ帰った。仰向けの足に手を差し出すと口吻を刺し
てくるので今回は小銭入れに捕まらせて帰館。砂糖水をやったら少し
元気になる。捕まえたネズミをいたぶる猫の様にセミをつつく。酒を
飲む。