初日記

2007 年 1 月 18 日

朝、出社すると横山君が、会社の前で佇んでいます。「おはよう、ずいぶん早いね。」と声をかけると自転車で来たといいます。彼の家は横浜です。片道50Kあります。朝六時に家を出て、二時間ちょっとで着いたそうです。1号線をひたすら走り、途中川崎でパンクして、戸越で左に折れて一路山手通りを北上するコースだったそうです。横山君は山岳サイクリングをやっていて、休みになると自転車を担いで山に登っています。彼なりに考えるところがあったのでしょう。

去年の秋から暮れにかけて不幸が続き、正月、帰省すると母の症状が思ったより進んでいて、先週の法事の帰省の際にも、不幸の知らせが続く日々で、この日記も書く気力がわかず、考えることといえば暗いことばかりなので、とにかく仕事に逃げ込むだけの毎日でした。

今日、久々に仲間に元気付けられた想いです。

「よし今度の週末、どこか山へつれてってよ。」と言ったんですが、「社長のは、担げないからだめです。」だって。でも実践で表された気持ちには動きを誘う軽さがある。一ヶ月ぶりに「わくい」にお昼をいただきに行ったら、帰りに「ハイ、あんたの分」てカレンダーとタヲルを怒ったように渡されました。今日はもう18日ですもんね。これもまたうれしいことでした。私はもう「わくい」の勘定の中に入ってるみたいです。

「なん本もマッチの棒を消し海風に話す」 尾崎放哉の好きな句です。昨日までこんな心象風景だったのに今日は「ギョウザライス」でおなかパンパンです。

仕事納め2006

2006 年 12 月 29 日

12月半場、過ぎても、イチョウの黄葉は残ったままで

(12/17)イブの朝、いつもの通勤路のコブシの木はもう芽吹いて来ていて(これは、今年3月に猫やなぎと間違えて、日記に書いたものです。)

うちの若いイニュ吉達は、今だ、半袖姿で、年を越そうとしております。

温暖化は、予想を上まわっている感じがします。

今年一年の御愛顧、誠にありがとうございました。

新年は、5日より、営業致します。

へなちょこ魂。

2006 年 11 月 4 日

蓄膿でいつも鼻を垂らしていて、いつも口を空けているので涎を垂らし、2才下の弟と喧嘩をしては、負けて泣いていたyo-noji。

一区を任されて、第一コーナーをトップで駆け上がって来る姿には、思わず、こみ上げてくるものがありました。

友人たちの中で、初めてできた子どもで、皆でよってたかって、オモチャ可愛がりしてしまったせいなのかと反省するところもあり、心配しながら見守ってきたけれど、「強い心をもちたい」と中学では、陸上に専念し、中距離に頭角を現し、高校2年で神奈川県では、一番になってしまいました。話には、聞き及んでいましたが、これほどとは思わず、人間ってここまで強くなれるんだと思わず感動してしまった次第です。

でも、へなちょこのyo-nojiがもっといいのは、「柔かい心」も持っていることです。yo-noji、私の分身だと思っていたのに、少しまぶしくなった。

マルシン

2006 年 11 月 3 日

私の好物は、ラーメンです。魚だしのラーメンを特に好みます。荻窪でラーメンの洗礼を受けたのが始まりです。このマルシンは、20代の頃一番良く通っていたお店です。当時は、駅前にあって、日曜日の午後の散歩は、ここがスタートでした。20年ぶりの味は、昔と変わらず、あっさりとしていても、しっかりコクと風味があり、どうしてここに帰ってこなかったんだろうと、少し後悔の昼下がりでした。私にとってNO.1は、ずっと永福町の大勝軒でしたが、なんか少し好みが変わってきたのか、味の濃いラーメンにへきえきしだした感じがします。もう年なのかなって、そりゃちょっと早い。

ボンサイ、ポータビリティ。

2006 年 10 月 27 日

一期一盆栽と固く誓っていたのですが、先日のお師匠さんの上京で、教授して貰いながら、思いのほか沢山のミニ盆栽を植えてしまいました。冷静になってよく考えたら、ミニ盆栽は水はけが良いので、毎日、朝晩水遣りをしなくてはいけません。普段の生活なら問題ないのですが、正月の帰省など家を長く空けるような場合には、彼らはみんなしょぼくれてしまいます。そこでドコニデモ持ち運べるように、岡持を造る事にしました。新幹線に乗っても周りの乗客に「あのラーメン屋さん、新幹線で出前なんかしてる、クックック。」と笑われないように上手に造らなければなりません。これがなかなか難しくて、まだ未完成です。

しかし、これでは盆栽持ち運び制度ではなくて、ただの盆栽キャリーですね。いっそのことミニ盆栽を街に放ってみようかな。その方が「あのラーメン屋さん、クックック。」なんて笑われなくても済むし、もっと美しいものが見れるかもしれない。

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