日本人の戦争

2013 年 7 月 25 日

北区在住のドナルド・キーンさんの本。

戦前大政翼賛を声高に叫んだ作家もいましたし、

おかしくなって行く時局を懸念しながら、小さなつぶやきを

残した作家もいます。戦後の手のひら返しを指弾し続けながら

日本人の精神なるものを擁護しようとし続ける作家もいます。

とてもバランスよく、戦中から戦後の偽らざる日本人の心情が

描かれています。さりげなくドイツの事も書かれています。

ドイツでは、ポツダム宣言を受諾してから約2500人の民間人が

自殺しています。理由は書かれていないけど、ホロコーストのことを

いきなり知らされて、あまりの恐ろしさに自分自身を消し去り

たいと思ったのでしょう。

今日の東京新聞に残り105人のナチスの戦争犯罪者を探すビラを

貼りだしたという記事が載っていました。まだ、ドイツでは終わって

いません。今、世界の金融を支配しているのはユダヤの人々です。

そして、人権に対して世界中で一番神経質なのはユダヤの人々

なのです。人権を大切にしない国が経済で連携してもらえるはずは

ありません。徹底的に搾取されるでしょう。もっとも金融の世界で温情

などあり得ない話かも知れませんが・・・・。

経済を潤すためには、絶対、グーではなくパーでなくてはいけないと

思います。

2013 年 7 月 23 日

静かな昨日今日。

これからどうなるのでしょう。上手く考えが纏まりません。

昨日は、「土用丑の日」 鰻の話題が新聞を賑わせていて

鰻に代わるウの付く食べ物を考えていたのですが、あまり思い

付かないものですから、広辞苑のウ行のところを一つ一つ

読んでいたのです。これは一つの逃避行動ですね。でも一応

拾い上げたので、書いてみますね。うの付く食べ物。

うぐい 牛肉 梅干し 瓜 饂飩 卯の花 ウイロウ うおすき

烏骨鶏 ウグイス 馬肉 兎 うお肉 鵜 ウエハース ウインナー

牛蛙 蛆 うずら うまかぼー 団扇エビ ウツボ ウデタマゴ ウド

雲丹 ウミガメ。 このほかにウォンパッドや牛若丸などなど。

牛若丸の地獄焼きなど想像し始めると飽きることがありません。

うが付いた方が良いのか、精が付いた方が良いのか。

うし肉やうま肉などは、うも精も付くけど、ウエハースの様な

おしゃれな感じは無いですね。まっ、どうでもいいことだけど。

USBから充電するタイプの自転車のライト。これは便利です。

小さくて軽い。電池式の物は壊したり落としたりかれこれ

10個ぐらい買い換えてきたけど、一応今はこれに収まっています。

取り付けゴムベルトと本体が細い部品で繋がっていてとても

取れやすいのが難点。裏の白くなっているところは、アロンアルファで

強引に固めているものです。薦めているのか、やめた方が良いと

云っているのか良く判らない紹介ですが、長所もあれば短所もある。

「起きたことはすべて良いことである」これは機会あるごとに言われ続けた

我が家の云い倣い。どんなひどいことがあっても、ただ事実を受け入れる

のでは無く、積極的に良いこととして受け入れる。

否定しても何も生まない。地獄の窯が開いたわけではありません。

第2ラウンドのゴングが静かになったのだと思います。

渋谷 ハチ公前

2013 年 7 月 20 日

渋谷ハチ公前が熱いことになってるというので夕方行ってきました。

若い人ばっかり。選挙フェスティバルというのでしょうか?

交代で順番に立会演説をやっているそうです。私が行ったときは

ジャズやってました。若い人無関心ということ全然ない。とにかく

無茶苦茶人が集まっていて、明日は何が起こるか分からない状況に

なってます。

キャパの十字架

2013 年 7 月 18 日

キャパを一躍有名にした写真「崩れ落ちる戦場の兵士」

という写真があります。まさに撃たれた瞬間を捉えた

写真です。これは作為のインチキだという証明を延々と

云うてる内容です。この最初の嘘によりキャパは、より

戦火の激しい戦場に行かざる得なくなり、最終的に

戦場で死ぬことになる。その最初の嘘がキャパが

背負うことになった十字架だという内容です。これは半分

ぐらい読んでやめた本。沢木さんの思い入れがある人だった

かも知れませんが、私は沢木さんのこういう話は嫌いです。

前進であり、上昇であり、肯定である話が好きなのです。

いじめ

2013 年 7 月 17 日

いじめは、醜い。汚い。おぞましい。こんな醜いものを

放置し続ける共同体とは・・・・・・・。

いじめとは加害行為であり、被害者が主役ではありません。

いつも死ぬ子供が出たら、その子がどんなことをされていたか、

どんなシグナルを出していたかとか、そんな事ばかり言い募る。

主人公はいじめていた子なのだから、どのようにいじめていたか、

どのようなストレスを受けていたから弱い子をいじめるようになった

のかを論議してあげないと、いじめはいつまでたっても無くならない

のではないでしょうか?

いじめはストレスに対する防衛本能。それが軽微であるがゆえに

攻撃性も緩慢でありストレスを発散できるほどのカタルシスを

伴わないから執拗に続くのだと思います。しかし、これが集団に

なると恐ろしい状況になる。集団というのは歯止めが利かない。

多数決というのは、その枠内においての善になるので、みんなで

いじめながら罪悪感が無くなっていくのではないかと思います。

その構造をなくす方向に行くのか、教育システムとして同調圧力を

掛ける装置として利用し続けるのか、根本的に問い直さなければ

いけない状況にあると思います。夏休み前なのにこのような状況は、

戦前回帰のムードの先走りが現われ始めているのだとしたら、恐ろ

しいですね。子供たちは敏感に時代の空気を感じ取ります。

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