ラッキョを漬ける

2007 年 5 月 21 日

去年からラッキョを漬け始めました。 今年は、店によって、洗いラッキョを置いてあるところと、どろ付ラッキョを置いてあるところと、2種類あります。両方をそれぞれ買ってみました。ラッキョの頭と尻を落して皮をむく、ケッコー大変です。30分もやると指先が熱くなってきて、いやになってきます。よめさんは、根気よく何時間でもやっています。さすがに農家の出だなと、こんな小さな事でも、見せつけられて、感心する次第です。朝の新聞に、輸入品の安全性の話が載っていて、なるほど、だからドロ付きラッキョを売っているのかと、合点がいきました。洗いラッキョとドロ付ラッキョを日陰で干したのですが、白さが全然違います。

バラ

2007 年 5 月 20 日

バラも咲いています。

山頭火と取扱説明書

2007 年 5 月 18 日

萠黄色の若葉が日に日に深くなって行くこの季節が一番好きです。思い出も記憶も何一つ関係なく冬に一旦、丸裸になった木々達は、新たな営みを始めて行く。生きていくのに、遺伝子以外の何が必要なんだとさえ思わせます。 「分け入っても分け入っても青い山」。若い頃、登山を始めた頃、濃密な自然の息吹に胸苦しくなる様な命の迸りを感じたものです。 帰省した折、父と山頭火の話になった時、そのような感想を述べたのですが、「いや、これは、自分の欲望を詠んだ句だ」と教えられ、まだまだだなと思わされました。 最近読んだ本の中にあった「血忌の日」。中国のある風習で、ありとあらゆる生物がその日だけ解放される日だそうです。年に一度もしくは、月に一度のその日には、鎖につながれているものすべて鎖から解かれる。檻にいれられているものは、すべて檻から放たれる。翌日ふたたび捕らえられるとしても、その一日だけは、完全な解放が与えられる。あらゆる生命が、光り輝くこの季節に、「血忌の日」は、あるんじゃないかと思われます。しかし、地緑にしろ、血緑にしろ、生きることそのものの業にしても私達を縛っているのが、生命の証である血だと云う事。はなから矛盾の中に、命は贖われているとも云えると思います。 「分け入っても分け入っても青い山」の表記をあたっておこうと考えまして、東京へ持って来た父の蔵書の古い山頭火の本をとりだして、パラパラと句をさがしていたところ、小さく折りたたまれた、能書きのようなものが落ちました。何だろうと拾ってみますと、取り扱い説明書、山之内製薬販売元、相模ゴム工業製造業者と、表面に書かれています。かすかな記憶の中に何か、覚えのある会社名だなと、思いながら開いてみると、なんとコンドームの説明書です。ドキンとしながら、少しばかりあせってしまったのですが、でもさすがに我が父だと大笑いしてしまいました。コンドームの取扱説明書を、山頭火の本の栞に使う。とてもじゃないが、私にはこんな引き出しを持ち合わせておりません。絶妙な配置だと、感じました。 久しぶりに山にでも行ってみようかと考えています。

実用車

2007 年 4 月 5 日

今年の1月から続いていた横山君の自転車通勤も、1週間2往復で順調に定着し、脚力もついて来たようだし、近場への使いや配送は自転車にすることにして、実用車を買いました。

下ばっかり見て、もがくように走り続けて来たけれど、頬に風を受けながらのんびり走るのも気持ちいいものです。スピードは出ないけれどちゃんと町も人も見えるので、まちざわりが違います。

奮発して取り換えた皮のサドルが、ちょっと痛いけど、トラさんだって一年通して素足です。少しぐらいのやせ我慢がなくっちゃイキとは言えません。

寅さんといえば、親しみとからかいを込めて、「タコ社長」と呼ばれます。もちろん、トラ屋の裏で印刷屋を営んでいるタコ社長とダブらせているんでしょう。でも友人の小学生の娘もまねて、私をタコ社長と呼ぶんです。いつもニコニコして「何だい?」と答えるのですが、時々誘惑にかられます。「一体、おまえに、印刷屋のオヤヂの何が解ると言うんだよう!!」って言ってみたい。でも「それを言っちゃあ オシマイヨー」ってグズグズ考えているところが、やっぱりタコ社長なんだろね。

BORN TO ROLLING

2007 年 2 月 23 日

ボブ・ディランの去年発売された新作、「モダン・タイムズ」を正月に買ってからずっと聞いています。

ロックと言うよりカントリーとフォークとブルースの混ざったような曲目を、見事なまでのカエル声で歌っています。

円熟味を増し、それぞれに洗練されている曲は、荒々しいロックンロールと言う感じではありませんが、潰れてしまった喉は、間違いなくロックそのものだと思います。毎年、合計100日以上のツアーをずっと続けているようです。 ベテランのアーティストたちの活発な活動や去年、スプリングスティーンの出した「ウィ シャル オーヴァー カム」等など、また、結局、風を起こしていたのは、ボブ・ディランだったんだな、と思わされました。

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