岡部 桃さん受賞

2015 年 3 月 26 日

「Foam Paul Huf Award 2015 」 新人賞

ヨーロッパで一番権威のある写真賞 Foam Paul Huf Award

世界26ヶ国、100人のカメラマンの中から、満場一致で選出。

http://foam.org/foam-paul-huf-award/press

あの戦争を教わらなかった人たちへ

2015 年 3 月 25 日

70年前の戦争がどの様なものだったのか?

ここに書いてあります。文学としてここに残っています。

この事実から目を背けて、真の日本の再出発は無いと思います。

この人間が持っている残酷さ。日本人だけじゃない。みんな持っている。

どの様にして2000万人と云われるアジアの人たちを殺したのか?

それは無かったことに出来る数ではない。

ごまかすことが出来る数では無いです。

人から人間になり、繋がりあって助け合って愛し合う善の心。

それと同時に持ってしまう感応し合う形での残虐性。集団で窮地に

陥いった時に起ちあがってくる暴走する悪の心。自己防衛本能であり、

集団的自衛本能。人間は善と悪を両手にぶら下げたヤジロベエです。

悪に行き始めたら全力で押しとどめないと簡単に転げ落ちてしまいます。

それは、その個体、または社会の自衛だからです。

そのために多様な意見を自由に言える社会の空気を作り続けて

いなければいけないのだと思います。

歴史に目を閉じるという事。歴史を無かったことにしようという事。

それは、アジアで無残に殺された人たち。日本のために戦った人たち、

アジアで戦火に追われて亡くなった市井の人たち。

南方で餓死していった人たち。空襲で亡くなった人たち。

全ての方々の霊を冒涜することです。

春がそこに

2015 年 3 月 24 日

豊島区庁舎完成だそうです。下の台形の部分が庁舎で上の塔は

分譲マンション。430軒が入るマンションで発売当日に即完売。

相場より1000万位高いそうです。

右のサンシャインは会社が入るテナントビルですが、他は

マンションです。右端のマンションの前に造幣局の跡地等があり、

この辺一帯はまだまだ開発されます。

いよいよの孵化の時を迎えようとしています。胸のあたりから安全紐が

出て来ています。多分今週末あたりでしょう。

出勤途中にあったリサイクルショップ前の生首。

春らしいので写真に撮ってみました。

慎ましやかなガーディニング。

赤い缶で揃えたのか、赤い缶を見ると飲みたくなるのか?

人間の不思議が漏れ出しています。

台北のお茶

2015 年 3 月 20 日

台湾では、お茶が美味しい。

お茶の文化としては世界ナンバーワンだと思います。

1日チャーターしたタクシーの運転手はおじいさんでした。

やはり、日本語が話せます。そのおじいさんに案内されたのが

お茶の問屋でした。そこでこれを買えと薦められたのが、グラム

5000円の老茶でした。200グラム買いました。

日本に帰ってきて飲んだら吃驚するほど美味しかった。

芳醇でまろやか、甘みと渋みのぎりぎりの境界線から豊かな

香りが鼻腔に抜けていきます。これほどうっとりとなったお茶を

私は飲んだことが無かった。台湾滞在中、色々なところで

作法に則ったお茶を頂きました。香りも味もそれなりに美味しかった。

でもこのお土産のお茶には敵わない。ずっと探し続けていますが、

日本では手に入らない。あのお茶のためだけでも行っても良いと

思える味でした。

モンテシオンで作成。紙と写真がそれぞれで淡い台湾の空気を

出しています。

日月舎 「台北夢遊」

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床屋

2015 年 3 月 18 日

「あちゃこ」

皆がそのように呼んでいたのか、我が家だけの呼び名なのかは

判りませんが、うちの者はみんなあちゃこに刈られていました。

あちゃこのうちは床屋です。奥さんはいませんでした。

あちゃこは、頭部は禿げあがっていたので耳の上の髪の毛を長~く

伸ばして、頭頂部のほうに油で張り付けていました。

布袋腹で短躯だったけど、前腕にはびっしりと剛毛を生やし

筋肉質で腕っぷしは強そうだった。くりくりとした黒目がちな瞳と

長いまつげがアンバランスで、そこからひょうきんとお茶目が少し

覘いていた。鼻毛がときどき覗いていて、そのせいで我が家では

いつも親しみをこめて「あちゃこ」と呼んでいた。

我が家の斜め前の長屋の端の家の親子は、3人とも造船所で

働いていて、時々親子で殴り合いのけんかをすることがあって、

そんな時そこのおばさんが仲裁を求めて呼びに行くのは、

あちゃこでした。馬乗りになって殴り続ける親父の襟首掴んで

「おぉう、やめんかぁ」と分けるのです。僕は二階の窓からそっと

覗きながら、「かっこえー」と少し自慢でした。

小学校の5年の時に少し大人びた静かな女の子が転校してきて、

町はずれのアパートにお母さんと暮らすようになりました。暫くすると

あちゃこがその家に出入りしていると町の大人たちが噂するように

なりました。うぶな僕は親切心でいろんな相談に乗ってあげている

のだなと思っていました。後ろと横を借り上げて前髪を短くまっすぐに

切りそろえる坊ちゃん刈りに異を唱えて、「前をもっと長くして横に分ける

ようにしてくれろ」と云うと「ふんっ!」鼻先で笑いながらもゆう通りに

してくれた。その床屋は息子夫婦と3人で切り盛りしていて、中学生に

なると時々、若奥さんが毛を剃ってくれた。わざとなのか偶然なのか時々、

お乳を私の二の腕に押し付けて来てくれた。この年になるとそれもテク

ニックだという事が判ります。興奮して毛穴が開いて毛が剃りやすくなる

のでしょう。東京に来てからもそのような僥倖に巡り合った経験がありました。

高校生のころ、あちゃこは息子と殴り合いのけんかをして、息子夫婦は

その家を出て行きました。町の大人たちが言うには、嫁さんに手を出した

という事でした。それからしばらくしてあちゃこは店の中で首を吊りました。

床屋のまえでくるくる回転するシンボルは、動脈と静脈を表していると

云います。昔床屋は、色々なことをしていたそうです。上の本の表紙の

左下にやっとこやペンチが並べてあるのが見えますが、昔は歯を抜いて

いたようです。西洋では血を抜いたりしたそうです。瀉血と云います。

身体の中の血が増えたり、滾ったりすると人は良く無い事起こすと信じら

れていたようで、そうなる前に床屋に行って血を抜いてもらっていたようです。

今は日赤がその役割を担っていますね。血を抜いていれば国民は

静かにしています。献血については家訓があります。小学校に上がるとき

ランドセルを買わなければならないのだけれどそのお金が無い。父は

神戸に売血に行きました。1200ほど抜いて、質屋でランドセルを買って

少し金が余ったので角打ちで一杯く~っと飲んだ。しばらくしたらぐらん

ぐらん廻り始めて立っていられなくなった。つまり、売血屋と酒屋を行ったり

来たりしているとずっとお金無しで酒を飲み続ける事が出来るという事?

じゃないです。1200抜いて酒を飲んではいけない?これでもない。

そのような状況にになるまで物事をほおっておいてはいけないという

笑い話です。

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「東海道中 床屋ぞめき」  林朋彦様

風人社 定価1400+税

去年の暮れから熱中して取りかかってきた仕事。やっと完成しました。

雁垂れ表紙で遊び紙にNTスフールを使用。

独特の手触り感でぬめっというかとても強く身体性を感じさせてくれる

用紙です。本文は普通にOK金藤+。

ぞめきと云う通り遊郭っぽい、夜店っぽい場所を浮かれ騒ぎながら

ひやかし覘いていく。そのイメージに近い感じで画像は出来上がって

きました。キャバレーのような床屋があり、宇宙船の様な床屋があり、

刑務所の様な床屋がある。肩をもんでくれる、お乳を押し付けてくれる。

耳垢を取ってくれる。鼻毛を切ってくれる。

猥雑で懐かしい場所。揺蕩う時間。

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写真展  2015.4.14~4.26

よりぬき東海道中床屋ぞめき

東京日本橋アイアイエーギャラリー

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