へなちょこ親父 負けるが勝ち

2007 年 11 月 30 日 金曜日

練馬光が丘ロードレース。ハーフマラソンの記録証のハガキが来ました。設定時間を20分オーバーして、2時間40分でゴールしたので記録なし。私がビリでした。20Kmぐらい走れると思っていましたが、走り続けることができたのは13、4Kmぐらいまでで、残りはほとんど歩いていました。

7月に東京マラソンにエントリーしましたが、なかなかやる気にならなくて、そうこうしてるうちに10月の落選の知らせで、ますますやる気を失くしてしまい、人の走るのを見て「頑張れぇー」なんて応援しているけど、いざ自分の番になると「忙しいとか、膝が痛い」だとか逃げ口上ばかりで、ほんとに絵にかいたようなダメおやじぶりです。

長い間ずっと走ったり泳いだりして来たので、少しは自信があったのですが、これほどとは、思いませんでした。気がつかないうちに大きな峠を越してしまっていたようです。

女の子に抜かれ、脂肪をダブつかせている肥満の親父に抜かれ、おじいに抜かれ、あまつさえ老齢のご婦人にも抜かれ、ヨレヨレの体力とへなちょこの根性ががっぷり四つで、意気地を張り合ったけど、勝っているのか負けているのかよく解らない。でも追い抜いて行くみんなの背中も、それぞれに戦っています。止めたいんだけどやめられない。いろんな人に励まされながら、情けない自分と向き合い続けました。

「強くなければ生きていけない、やさしくなければ生きていてもしょうがない」と言う言葉より「弱さを知らなければ、やさしくなれない」と言う言葉の方がしっくりきます。

体だけじゃなく、生き方も大きく方向転換しなくてはいけない年になったのでしょう。ロードレースのビリの方でもがき苦しむ事でとても大切な事を教わったような気がします。

何も練習しないでマラソンレースに出て見る。これって凄い冒険ですよ。自分探しにぴったりだぁー

兄と弟

2007 年 11 月 4 日 日曜日

神奈川県高校駅伝大会。今回は、シュンがもう、レギュラーになって出場するというのでネジを巻きにやって来ました。この兄弟には元々素質はあるようです。根性と負けん気だけで勝ち進める程に甘い世界ではないでしょうが、半年で選手に選ばれるというのは凄い。

1区のスタートは、ヨーの字。快調に飛ばして行きます。ワクワクするけど、去年のような胸の高まりはもうない。当たり前のように見ている。父の字も母の字も目標タイムに届かなかったので暗い顔をしている。

しかし、子供のいない私から見れば贅沢な落胆に思えます。頭が良くて、ピアノが弾けて、礼儀正しくて、全国レベルの選手だ。これ以上何を望むものがあるでしょう?過剰な期待は、プレッシャーを生むだけの様に思います。

シュンは、そんな兄とは、対照的です。クールにいつも冷やかな笑みを浮かべてマイペースです。今日、5区で思わぬシュンを発見しました。コーナーの向こうで「シュン、ラストスパートだぁ!!」と叫ぶ、加トちゃんの声が聞こえて来ました。カメラを構える私の前に駆け上がって来たのは、夜叉とも阿修羅にも見紛う憤怒のシュンでした。

久々に戦う男の顔を見たように思った。

小さい頃、「オイ、ヤマ!外で遊ぼうぜ」なんて40過ぎの私を呼び捨てで、「なんだ、このゴリラ野郎」ってからかうと本気になって殴りかかって来る程にやんちゃだったけど、大病を患ってから自省の気持ちが深くなったようで、最近はとんと怒った顔なんか見なかった。今日久しぶりに鬼の顔が出てきていた。

レース前にシュンを励ましていて、後頭部に1センチぐらいのハゲが5つぐらいあるのを発見しました。「随分ひどいけがをしたみたいだけど、どうしたの?」と聞くと、ニヤニヤしながら、「昔、5歳離れた妹に夜寝ているところを金づちで襲撃された」そうです。「なんともまあ、気性の激しい兄弟たちだ」勿論今は、みんな仲がいいけど。しかし、この激しさが強さを生むのでしょう。

表舞台で踊る兄を袖で見続け、敲いては折り敲いては折り、心を刃金のように鍛え上げてきた鬼が、表舞台に殴りこんで来たような、駅伝デビューにも思えました。

次は、いきなり都大路です。

おやじギャグ

2007 年 11 月 1 日 木曜日

板橋警察署で免許証の更新。

今回より免許証にICチップが埋め込まれているそうです。暗証番号の設定が必要だと言われたので思はず、「えぇー、暗証番号って、お金も貸してくれるようになるんですかぁー?」と聞いたのですが、女性の案内係の人、軽く黙殺。

・・・・・・・。

あのぅ、こう云うのが一番困るんです。

「いや、困るのはあなたじゃないから・・。」

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