スウェーデンに勝っちゃった
2011 年 7 月 14 日見事、大勝利。女子ワールドカップ。
アメリカにも勝ってしまうような気がし始めました。
見事、大勝利。女子ワールドカップ。
アメリカにも勝ってしまうような気がし始めました。
スウェーデンは髪はブロンドで美人ばかりです。
きれいなサッカーをします。プライドも高く、醜くく
汚いサッカーをなんかをする発想なんかない。
なでしこが何が何でも勝たなければならないとしたら
たぶんそこらへんにチャンスはあります。
綺麗で華麗なサッカーとは、接触のないパスが綺麗に繋がって
いくサッカーです。しつこくプレッシャーをかけていけばどこかで
破綻します。小さくしつこく体を当てて行く。日曜日になでしこと
スウェーデンと両方の試合を見ました。圧倒的な力の差があるように
思いますが、ハートは我がなでしこに分があります。勝利を求める
気持ちはスウェーデンの比じゃない。勝って欲しいし、勝てるような
気がします。なでしこ様なにとぞお願いいたします。
たぶん、その勝利は大きな希望をもたらすことでしょう。
希望どころじゃない、復興の狼煙となるやもしれません。
寝ござは、イグサで編んだもので布団の上に引いて休みます。
下ろしたての物は新しい畳の匂いがして、蚊帳と蚊取り線香と寝ござの
それぞれの匂いが混ざり合ったそのなんとも言えない匂いが遠い幼かった
夏の夜の記憶です。
小学生の時に使っていたものは粗悪品で、うつ伏せで涎を垂らして寝ていたら
顔料が溶けて、朝起きたら顔中青黒くなっていて、きつく絞った濡れタオル
で涙が出るほど擦られて、「オー、歌舞伎役者みたいになっちょるよ。」と
囃された思い出があります。
そう云えば夏の暑い時は寝ござが気持ち良かったなと思いだし、生まれて初めて
買い求めました。簡単にいえば柔らかい畳の上で寝ているようなものです。
ひんやりとした肌触りが気持ち良いです。
日曜日に観た映画の予告で「ペーパーバード」という言葉。
日本では紙で飛ぶものと云えば紙飛行機だし、紙の鳥と云えば折りヅルだし
ヨーロッパで紙の鳥は、どんなものなのかなと思いました。
写真は社内にあった色上の薄口を折り紙ができるように正方形に切ったものです。
要らない紙を使って罫線を印刷したり、方眼を印刷したりしてノートなどを
作りました。この折り紙だけ送りそびれて、社内に置いたままです。
千羽鶴は、祈る主体が鶴を折りながら相手に祈りを捧げるものです。捧げる相手に
これ送るから自分で祈ってくださいと云うのは、本末転倒で何となく憚れる話だと
思うのです。自分でもつまらんことを考えてるなと思うですが、気になりだすと
なぜか前に進めなくなってしまいます。
監督の言葉に「映画という鏡を通して自分自身を明らかにすること」
という言葉があるそうです。もちろんこれは、映画を撮るほうも観るほうも
両方に言えることだと思います。映画だけではありません。見たり感じたり
するものすべてのモノに自分自身が顕れているとも思います。
私は、この映画にそれほどの感動を覚えなかった。みんなが云う程の
美しさが感じられなかった。理解すら出来ませんでした。もちろんチンプン
カンプンというわけではありませんが、心の琴線に触れてくることはあり
ませんでした。 ただ普通の当たり前の生活にしか見れなかった。
あれ以降、私の感受性は変わってしまったのかもしれません。
それは変わらざる得ないことでしょう。今は唯、何の事は無い
ただの普通が心から欲しい。