渋谷敦志写真集『今日という日を摘み取れ』が
「日本写真家協会・第4回笹本恒子賞」を受賞しました。
渋谷さんから長いメールを頂きました。近況報告と写真に対する思いな
どが書かれていたので本人の断りなしにここに掲載させて貰います。
ジャーナリストでもあり「国境なき子どもたち」の取材も含んでいる様
ですのでお許し願いたいと思います。
=================================
山住さま
こんにちは。たいへんご無沙汰しておりますが、お変わりなくお過ごしで
しょうか。淺野さんからすでに聞いておられるかとは思いますが、この度、
思いがけずに第4回笹本恒子写真賞に選んでいただきました。
これはやはり写真集「今日という日を摘み取れ」出版と写真展などを主と
した活動があっての評価であると確信しております。メールでたいへん恐縮
ですが、まずはそのことをご報告するとともに感謝を申し上げます。本当
にありがとうございました。お礼も兼ねて、こちらの近況を長文になりま
すがお伝えいたします。お時間ある時にでもお目通しください。
コロナ前からのことですが、このところ、写真を撮るしんどさが写真を撮
る楽しさを上回っていました。自分はなぜ写真を撮るのか。それを困難な
状況で自問すること自体が目的であり意味だと修業的な捉え方をしていま
した。困難にある人様にカメラを向ける以上、楽しさを語ってはいけない
という自制心もありました。ただ、それでは続かない、何かアプローチを
変えないといけない、という焦りや葛藤は自分の中でずっとありました。
端的にいえば、写真を好きになるにはどうすればいいか、それを模索して
いた中で、ギャラリーSでの展示があり、写真集の出版がありました。
最悪これで最後になっても写真人生に悔いを残さないように、くらいの
気持ちで臨んでいたのはたしかでした。しかし、コロナは思いの外長く
続き、次の一歩が踏み出せませんでした。ぼくだけじゃないですが、写真
家はその中で多かれ少なかれ、移動できない、撮れないという事態に悩み、
いまも苦しんでいると思います。ぼくの場合も焦燥感は日に日に強まって
いました。ただ、逆説的ですが、撮る自由が奪われたことで、撮りたいと
いう一心が徐々に研ぎ澄まされ、一点に向かって集中していくような感覚も
あったのです。写真行為はいつだって待つことが仕事だったじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、飛び出す機会を待ちました。それはいつだった
か?ぼくはワクチン接種がそのターニングポイントだと考えていました。
幸い、妻が医療者だったので、その家族ということで、7月半ばには2回
目を終えました。そしてぼくは写真を撮りたい一心をまず自分に開こうと、
8月、思い切って日本を飛び出しました。選んだ行き先は、アルメニアで
した。初めての国です。旧ソ連圏も未知でした。何が起こるかわからない
不確実性の中での旅でしたが、多くの出会いに恵まれ、新しいフィールド
で自分でも知らなかった自分があらわになる新鮮な感覚がありました。
すぼんだ視野とこわばった感受性は日毎に広がりました。なにより、写真
を撮る喜びは何ものにも替えがたいことを再認識できた時点で、勇気を持
って飛び出してよかったと思いました。現地ではナゴルノ=カラバフの事を
取材しました。去年大きな戦争があった場所です。世界がコロナに翻弄さ
れる最中に、生きるか死ぬかの境界で戦い続けた人たちがいた事実、その
戦争はまだ終わっていない現実、そんな厳しい場所に入っていかなければ
見えないものや感じられないことがあることを考えさせられました。
このプロジェクトは継続する予定で、また機会を見つけ、時間をかけて伝
えていくつもりです。そしてアルメニアのあと、バングラデシュに移動し
てきました。ミャンマーから逃れてきた人たちの撮影にとりかかる予定で
した。ところが、コロナに感染してしまい、しばらくダッカのホテルで隔
離療養を続けていました。仕事的には詰みの手前くらいまで追い込まれま
した。この頃くらいに笹本賞の受賞の知らせを受けたのです。体調的には
大事に至らず回復しました。リスクの多い旅であることは覚悟していまし
たが、困ったときに多くの人に助けてもらいました。受賞によって自分の
実力を評価いただいたのではありますが、サンデル教授が「実力も運の
うち」と云いますように、自分はやはり環境や人間関係に恵まれている非
常に幸運な人間なのだと、感謝したいいろいろな人の顔が浮かびました。
ぼくがちょいちょいやらかすことを知る人は少なくないので、ここでこん
なことを書けば不遜、放埒のそしりを受けかねませんが、それでも、ここ
でいま一度、自分に発破をかける為に、こう言い聞かせました。「リスク
の元の意味は船出する勇気のことなのだから、リスクを恐れず、挑戦する
勇気を持て」そして長い隔離期間を経て、ようやく陰性が証明されました。
気持ち新たにカメラを手にとって外へ繰り出しました。
シャバの空気はやはりうまいものです。少し予定より遅れましたが、ただ
いまコックスバザールでミャンマーからの難民の取材中です。"予定通り
予定通りにいかず"、悪戦苦闘の毎日ですが、これもまた楽し。写真が撮
れる幸せを噛み締めております。再感染したら、また隔離で日本への帰国
が遠のくリスクがあります。10月終わりにはウズベキスタンに行く予定
もありますので、そこは油断せずに行きます。年末には受賞記念写真展含
め2カ所で写真展がありますが、日本にいるあいだにあらためて対面でお
礼に伺えればと思っております。
渋谷敦志
==================================
授賞式が12月8日。
写真展が新宿の「アイテムフォトギャラリー シリウス」
12月16日~22日
==================================
去年のキャノンギャラリーSで行われた写真展で1時間ぐらい大きなプリン
トをじっくり見ていました。写真集を造っていたのでどの写真も十分すぎる
程、観ているつもりでしたがプリントの展示と云うのはまた違います。写真
集の並びとも違う。観ているうちに心の中に何かが蠢き始めたのでしょう
か、渋谷さんと話をしていたら、思わず涙がこぼれてしまったのです。姉を
亡くしたと云う喪失感があるのか、子供の不幸が耐えられないと云うこちら
の事情もあるのですが、渋谷さんの写真には、それぞれの様々を簡単に呼び
さましてしまう力があると思っています。これこそが報道と云うモノを越え
た写真の原点だと思います。イニュブックで販売中。