泣き顔

2016 年 9 月 30 日 金曜日

朝はBSの海外のニュースを見ています。しかし非常に興味を引く

ニュースが流れていても、7:30分になったら情け容赦なく朝の

テレビ小説に変えられてしまいます。今回は暮しの手帖の話でした。

主役に抜擢されるには、それなりの理由があります。若いころの演技。

年を取ってからの演技。間やくたびれた感じ。腰回り、動作。ちゃんと作って

いるなと感心していました。それが佳境のお別れのシーンになって気づいた

のですが、泣き顔は子供の顔になってしまうのですね。泣くという事が

子供の領分だからでしょうか?それとも、子供時分の事を思い出しているから

子供の泣き顔になったのでしょうか?大人の泣き顔が出来ていないという批判では

ありません。オトナになったら手放しには泣けません。我慢するし、カッコつけるし、

貼り付けてきた大人の顔を無残、含羞剥がし落とすことも出来にくい。

子供は弱いだけに、一つ一つの結びつきや自分の思いが命がけなんだと思います。

年取って子供の様に泣けないのは、必死になってそのような関係を作っていないから。

パタゴンが居たパタゴニア

2016 年 9 月 29 日 木曜日

ブックフェア―で買ったパタゴニア、ヤマナ、セルクナム族の本。

南アメリカ最南端、チリ、パタゴニア。マゼランの航海で生き残った部下ビガフェッタが

証言しています。この土地には、身長4mを超す巨人、パタゴンが住んでいる。

しかし其の後1800年ぐらいには身長は2mぐらいになってしまい、たった

300年で半分に縮んだ事になります。

この写真集は100年ぐらい前のパタゴニア先住民セルクナム族を撮ったもの。

アフリカ、スーダンのヌバ族に勝るとも劣らない美しいセルクナム族。裸にアザラシ

などの油を塗ってその上からボディペインティングしています。普段は素肌に毛皮などを

纏っていて、これらの化粧は、特別な日に行うものでした。

これらの人々は19世紀の終わりごろにはスペイン人によって滅ぼされています。

大体、北米や南米のインデアンは、ヨーロッパ大陸の病原菌でやられています。

故意に病原菌を持ち込むのです。ヨーロッパの天然痘患者の使っていた毛布を

プレゼントして死んでいくのをじっと待つのです。

セルクナム族もその様にして人口を減らされていきました。2年前のパトリシア・

グスマン監督の「真珠のボタン」で描かれていました。

水俣食べる通信9月号

2016 年 9 月 28 日 水曜日

9月号は農山さんの豚肉です。高校三年生で初めて母豚10頭を買って子豚の販売を

始めた養豚のエリートです。家は稲作と林業の普通の農家でした。意識と行動力が

凄い。日本全国の豚を見て回ってパブコックに出会い、山を買って、井戸を掘って

山に養豚場を造りました。周りを整備して滝を作って、レストランを作って「モンヴェール

農山」をオープンさせます。尊敬し慕う子供たちが事業に参加して、ハム・ソウセージの

加工所も作ります。ネットショップも立ち上げ、全体を整備してふれあい牧場と展望台を

作って、カッコよくていのちの循環が見えて味わえる、テーマパークを造りました。

そして、農山さんは言います。これは全て山を創るためのものです。山が地域を豊かに

して海を豊かにする。そして山の時間が人の心を豊かにする。素晴らしい経営哲学だと

思いました。             ¥2980-  minamata-taberu.com

2014.9.28 17:40 白馬猿倉

2016 年 9 月 27 日 火曜日

白馬鑓温泉に紅葉と温泉の軽いトレッキングに出かけたことは、二年前の

日記に書きました。ホウホウの体で駐車場にたどり着いた我々は、車の

バッテリーが揚がってしまっている事に愕然とします。もうその時点で、3難か

4難目なのですが、更なる追い打ちを掛けられたような気分でした。慌てて

JAFを呼ぶと待ってましたばかりに40分ぐらいで来てくれました。前日、隣の

車のバッテリー揚がりの修理に来ていて、私たちの車の電気が付きっぱなしに

なっている事を知っていたようでした。内心、「知ってたんだったら、消しといて

呉れればいいじゃないか」などと通る筈のない考えが浮かぶほどに、本当に

疲れ切っていました。修理が終わった時点で19時過ぎ。急いで帰らないと

翌日の仕事に堪えます。白馬から東京へ帰るルートは通常、軽井沢通って

関越道で新目白通り、雑司ヶ谷です。それが疲労困憊ながらもバッテリーの

様にテンションが上がってしまって正常な判断力も出来ずにいる我々は中央道、

諏訪湖SA、温泉ひとっ風呂コースを選んでしまったのです。岡谷ジャンクションから

中央道に入った途端気づきました。前日の御嶽山の余波がまだ続いている事に。

しかし、選んだものはしょうがありません。まずはさっぱり綺麗にして食事です。

そば頼んで出来上がるまでぼーと座っていました。風呂に入ったらすっかり力が

抜けてしまい、へたり込みそうなほど疲れ切ってしまいました。ふと気づくと私の顔を

じっと見ている人が前のほうに何人もいます。二日間の太陽に弄られながらの強行軍。

色白の私は猿の様に真赤な顔になっています。風呂上がりの服も髪もだらしなく乱れて

姿勢を正す余裕もありません。多分みんな、私の事を御嶽山の生存者と思ったのでしょう。

皆さんの目一様に憐れみと称賛が見て取れます。私は、慌てて俯いて「違うよ、違うよ。

僕は白馬の方の馬鹿な野次馬だよ!」とそばを食べ始めるのでした。

その日は結局、釈迦堂で夜中の2時まで寝て、4時ごろ家に帰りついたのでした。

御嶽山、いつかは登らなければと考えています。

クエイ兄弟 葉山

2016 年 9 月 26 日 月曜日

神奈川県立近代美術館 葉山

ファントムミュージアム「クエイ兄弟」 ペンシルバニア生まれ。一卵性双生児。

パペットアニメーション。幻想、魔術、死霊、悪夢、病的、境界、迷宮、倒錯、オカルト、

病理学。

ファントム、タナトスに惹きつけられる葉山の御老輩。

ご内儀に何か叫んでおられます。

ここを写真撮ってSNSで発信しろと云うのですが、どこの美術館も大体、

メイン作品では無くて、3番手、4番手あたりの物を写真撮れと云います。

けち臭い。なんでメインじゃだめなの?会田誠は違ったよ。

この近代美術館の少し離れた所に葉山の御用邸があって、そこから1,2キロ

離れたところに自衛隊の学校があります。海上、航空、この辺りに全部そろって

いるようです。自衛官になるためにみんなここで、まず最初に勉強するのかな?

御用邸とすごく近いので在らぬことを考えてしまいました。

風速ゼロメーター、ベタなぎの海。それでもヨットは帆を張り、海洋へ。どうやって

あそこまで言ったのでしょうか?エンジン付いているのかもしれません。

テント貼ってバーベキュー。カヌーの人たちもいます。

帰りの車の中でラジオを聞いていると四谷シモンさんを呼んでハンス・ベルメールの

人形の話をしていました。渋澤龍彦さんの話も。TBSも随分変わりましたね。

完全に開き直っている。でもラジオはこれで良いのでは?TS・エリオットの詩があって

ハウリン・ウルフやジミーリードのブルース、ルキノビスコンティの映画論何でもかんでも

詰め込んで番組造れば面白いものが出来るのに、それぞれの音楽、映画、アート、

文学を全部まとめて編集発信できる人がいないというのが、現在の日本の惨状

なんだと思います。雑誌の編集長ラジオに行けばよくない?

クエイ兄弟の再評価もそうですが、デカダンスと云うのが今芽生え始めている感じが

します。末法思想、世紀末と云えばデカダンスではあるのですが、今の日本の現状を

考えたら出てくるべくして出てきた世相ですね。

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