カレーうどん
2008 年 2 月 28 日 木曜日今日は、お昼にカレーうどんを頂きました。
すると、中に固く結ばれた一本のうどんがあったのです。
こ、これは、なんの、なんのシグナル?
・・・・・・・・・・・・・・。
うどん屋の親父のSOS?
今日は、お昼にカレーうどんを頂きました。
すると、中に固く結ばれた一本のうどんがあったのです。
こ、これは、なんの、なんのシグナル?
・・・・・・・・・・・・・・。
うどん屋の親父のSOS?
階段の踊り場に飾ってある「カーティス・フラー」のアナログレコード。
エクスパックを届けに来てくれた、郵政公社の配達員の方が、
「あのカーティス・フラーのアルバム、どうしてあんなところに置いてあるんです?」
と聞くので
「プレイヤーは、もう持っていないのですが、好きだから飾っているんです。」
と云うと、少し考え込むように、私を見据えてましたが、いきなり、嬉しそうに
「あれは、いいですよ。うん、名盤だ!」と話し始めます。
「ええー、そうですね。」
と応えながら、今日初めて会ったばかりなのに、仕事に疲れた中年オヤジ二人の間になんだか、ほんの少し、若い頃の煌きのようなものが、蘇るような気がしてちょっと嬉しかった。
今朝は、雪です。
「週刊ブック」のテレビ番組の中の言葉。
「人が死ぬ時に最後に残る感覚は、聴覚です。」
「ウーム、そうなのかァ。」と少しいろんな感覚について考える。
視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚。
確かに、死にかけている時には、ほとんど動けないし、完全な受動態の状態になる訳で、その時に唯一外界を認知できるものとしての感覚が聴覚であると云うのは、頷けるものでもあります。
「皆の最後の声が、頭の中を反響しながら、死んで逝くのか。」と感慨深く考えます。だけど、ばあちゃんは、亡くなる何年も前から耳が遠くて大きな声を出さなくては、話が通じなかったんだけど。聞こえてたのかなとも思います。
臨終の枕もとでこそ、ニヤリと笑わせる面白い事を言わなければならないんだなと、「笑い道」の奥深さを考えさせられます。
今日よりブログです。今までとの違いは、私自身がホームページにアップ出来なかったために、更新に手間がかかるのと、書いてアップして貰おうと、うろうろ手の空いている人を探してるうちに、仕事を中断させてまで、上げなきゃいけないほどの物でもないだろうと、思い始めて、ごみ箱行にする事が多かったのですが、これからは、違います。
でも、さて、「あんたに何が書けるん?何を書くん?」
なかなか肚が決まりません。