理想的なサッカー岡山学芸館

2023 年 1 月 10 日 火曜日

昨日は国立に行く予定だったのです。まだ行ったことがない。

3階か4階の天井桟敷だったら入れるだろうと踏んでいたのですが

入れる入れない前に「テレビのほうがよく見れる」と自分に甘い

性格が見事に頭もたげて、家での観戦になりました。今回の高校

サッカーはどれも見ていなくていきなり、決勝だったのですが、

始まって直ぐに思ったのは東山の圧倒的な上手さでした。最初の

5分、10分は球が浮いて落ち着かなかったけど、球が落ち着きだし

たら東山の上手さが際立ち始めた。岡山が上手いと思ったのは、

相手が自分達よりうまいと思ったら、1対1ではなくて二人で対

応し始めた事。頭良いと思った。二人がかりではどうにもならない。

奪ったら直ぐに縦パス。しかし、パスもそれほど上手くない、止

めるのもそんなに上手くない。しかしよく走る、よく立ち向かう。

徐々に京都を追い詰める。それよりもっとダメだったのが走れない

東山。足元の上手い子は、大体体が小さい、接触が苦手、長時間走

れない、瞬間的なスピードがない。足元ばかり見ているので大きな

視野が無い。逆にそれらの長所がある子は、その強みゆえに地道な

足元の練習をしない。小学校時代から選ばれるのは、蹴る止める、

ドリブルの上手い子たちばかり。それだけが成功体験になっている

ので考えることをしない。サッカーは11人全員で戦って点を相手より

多く取ったほうが勝ちなのに、上手い子は、いつも自分を中心に考

える。バスケットやラグビーとかと比べると非常に遅れている感じ

がします。去年のワールドカップでそのような前近代的なヒーロー

達の終焉を見せられた。チェルシーやビバプール、アーセナル等は

新しいサッカーをしている。全員が走って守備をして前へ前へボー

ルを運んでいる。理想形はあれなんですね。しかし何か面白くない。

だから、僕にとってのサッカーは、終わったと思ったんです。

日本の社会も似た感じになっていると思った。成功事例に囚われ

すぎている感じがします。どれも上手く行って居ないのに伝統や

文化にしがみ付いている。私は今回初めて皆さんにちゃんと新年

の挨拶をしなかった。そういうのはもうよいと思いました。

上へ