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写日記

2016 年 1 月 29 日 金曜日

12月30日 福井越前そば。

日産サニー。

年越しそば。久々に食べ物で興奮。美味いそばです。

12月30日 永平寺。苛立ちが見える。若いうちはきついでしょう。

12月31日 これが多分敦賀原発。

12月31日 オバマの漁港で買っためざし。12本、100円。他にも正月用の食材を

買い求めたが吃驚するぐらい安い。ボタンエビの1.5倍ぐらいある赤エビの刺身用が

15本で900円。これは築地の内より安い。敦賀から京都の手前までずっとさびしい道が

続くが時々原発で聞いたことがある町が出てきます。

12月31日。 2015年の最後は舞鶴でした。市街地より5キロほど岬よりに離れたところが

あの「岸壁の母」の岸壁です。町の埠頭にあるものと思っていましたが、引き上げ船は

こんな寂れた入り江にひっそりと誘導されるのです。下の絵が当時の様子。

この宿舎に一旦収容されて、健康状態や思想面のチェックを受けて体力を増強させて

地方に里帰り。

ここに向かう途中、もうすぐあと1キロと云うところの道端、歩道の上と路肩の端に生える

草を手で抜くおばあさんがいました。黒く日焼けして頬骨の浮いた痩せた人でした。

周りに民家や畑もなく、ただ道があるだけの場所です。昼過ぎの太陽は照っているけど

12月31日の日本海側の風は冷たい。「引揚記念館」の上の公園から入り江を見たり

引き上げ船の甲板から見える日本の景色を想像したりして、1時間ばかり散策して

市内に帰る途中なんとなく、さっきのおばあさんを探していました。さっきの場所には

勿論いません。しかしなんとそこから500メートルぐらい進んだところにいたのです。

しゃがんで草を抜いています。それはもうただの掃除では無いように思いました。

祈りです。待ち続けてお父さんだけが帰ってこなかったのかもしれません。どの様な

事情があったのかは判りませんが、ただおばあさんには、そうするよりほかにない

道だったのでしょう。

12月31日 天橋立

1月2日 小赤松 甥・姪とバーベキュー。

デヴィッド・ボウイの新しいアルバム。予兆、これがボウイの見た未来です。

イギリス、アメリカ、朝鮮のかかわりが書かれていない。

1月10日 アンティークフェアーで古道具。シラスを掬う籠?

アンティークフェアー。あんこをこねる銅鍋

昨日テレビで京都と大阪が仲が悪いという話が出てました。

紀元500年ごろには猪飼野には約5万人の済州島の人たちが居たと云われています。

京都は基本百済ですからそれは仲悪いでしょう。

1948年の済州島4.3事件についての証言です。半分まで読んで一服中。

李朝のものだというふれこみ。石をくりぬいて作ったという石釜。

1月15日 こどじ。尾仲さんの「OUTTAKES」個展。1月31日まで。

野村恵子さんが居た。

尾仲さんと藤田さん。久しぶりに痛飲。どのようにして帰ったか覚えていません。

1月16日 オンデマンド工房、稼働開始。モノクロ専用機1台増設。

東京にも雪

石釜に灰を入れて火鉢にして使う。

普通は花を生けるそうですが、うちは花より団子です。

アラジンの石油ストーブ。

オンデマンド工房のために買ったのに誰も使ってくれないので、

自宅用となりました。

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