和歌山新宮

2013 年 5 月 7 日 火曜日

連休で和歌山に行ってきました。1月にかみさんの母さんが

亡くなってもう田舎に帰ることも無くなり、久々の観光旅行です。

かねてより来てみたかった熊野です。行き当たりばったり、

泊るところが無かったら野宿でもいいよねと何も計画立てないで

新宮駅に降り立ちました。駅の観光案内所で地図と名所を聞いて

いざ歩き始めます。和歌山ラーメン、中上健次、路地、ゴトビキ岩、

神倉神社、速玉大社、熊野屋(素泊まり)。

入り道が判らなくて迷いに迷って、やっと見つけ出しました。

中上健次さんのお墓。私は墓マイラーというわけではなく、

ただ単に墓地好きというだけで、終わった人たちが静かに眠って

いるだけというのが落ち着くのです。かみさんは、まだ気持ちが

あっちの世界にあるようで、嬉しそうに草むしりしています。

墓前に手を合わせ、中上さんが亡くなってからのはるき氏の暴走ぶりを

報告させてもらいました。最近は教祖のような物言いです。神様の

ところまで降りていくと湧き出るようにお話が溢れ出すので、私にも

筋が判りませんなんて平気で言うし、みんなも「お~、素晴らしい」

などと感嘆の声を上げます。中上さん私は文学が判らなくなり

始めています。などということを草むしりのかみさんの尻を眺めながら

所在無げに考えておりました。

神倉神社。断崖絶壁の上にあるように見えるので、ひょっとして

エレベーターがあるのかなと考えてしまいました。

高さ100メートルぐらい?最大斜度45度。ここで毎年2月6日

の夜、行われるお燈祭り。2500人の氏子が手に松明をもって

一気に駆け下ります。多分日本で一番危険な祭りではないかと

又は諏訪大社の御柱祭りと双璧だろうと思います。

この石段を登って降りてみればわかります。大群衆で足下も見え

ないで駆け下りる。これはまともな神経で出来る世界では無いです。

新宮に育たなくて良かった。

ゴトビキ岩。下から見上げると亀の頭だとすぐにわかります。

女性は、素知らぬ顔でしっかりと拝んでいます。

ゴトビキ岩のすぐ後ろにあるのがこれです。

こちらは、女性でしょう。

神倉神社のそばの清め水のところで5・6人の地元の

小学生がオタマジャクシから孵ったばかりの蛙の子供を

集めて遊んでいました。その中の一番のがき大将をからかい

ながら、「ところで、君らはあの岩の上にあがったことあるかい」

と聞くと、「俺は保育園」「俺は幼稚園」などと一斉に自慢します。

岩の上まで5メートルぐらいある。小さいころから鍛えられている

のですね。なんとなく子供たちのやり取りを聞いていると、体の

大きいのも線の細い子もいるけど、みんな平等にからかいあったり、

笑いあったりしています。行き過ぎた言葉があるとガキ大将が、

「そんな言い方はねえだろう」と諭していた。

ここは、いい街だなと思いました。道を尋ねてもみんな親切です。

昔から旅人を向かい入れていた歴史があるのでしょう。

駅のそばに大逆事件の石碑がありました。明治政府から

嫌われ続けた歴史。縄文人が関西で最後に守り続けた砦。

他にもいろいろと面白いことがありましたが、続きはまた後程。

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