山頭火と取扱説明書

2007 年 5 月 18 日 金曜日

萠黄色の若葉が日に日に深くなって行くこの季節が一番好きです。思い出も記憶も何一つ関係なく冬に一旦、丸裸になった木々達は、新たな営みを始めて行く。生きていくのに、遺伝子以外の何が必要なんだとさえ思わせます。 「分け入っても分け入っても青い山」。若い頃、登山を始めた頃、濃密な自然の息吹に胸苦しくなる様な命の迸りを感じたものです。 帰省した折、父と山頭火の話になった時、そのような感想を述べたのですが、「いや、これは、自分の欲望を詠んだ句だ」と教えられ、まだまだだなと思わされました。 最近読んだ本の中にあった「血忌の日」。中国のある風習で、ありとあらゆる生物がその日だけ解放される日だそうです。年に一度もしくは、月に一度のその日には、鎖につながれているものすべて鎖から解かれる。檻にいれられているものは、すべて檻から放たれる。翌日ふたたび捕らえられるとしても、その一日だけは、完全な解放が与えられる。あらゆる生命が、光り輝くこの季節に、「血忌の日」は、あるんじゃないかと思われます。しかし、地緑にしろ、血緑にしろ、生きることそのものの業にしても私達を縛っているのが、生命の証である血だと云う事。はなから矛盾の中に、命は贖われているとも云えると思います。 「分け入っても分け入っても青い山」の表記をあたっておこうと考えまして、東京へ持って来た父の蔵書の古い山頭火の本をとりだして、パラパラと句をさがしていたところ、小さく折りたたまれた、能書きのようなものが落ちました。何だろうと拾ってみますと、取り扱い説明書、山之内製薬販売元、相模ゴム工業製造業者と、表面に書かれています。かすかな記憶の中に何か、覚えのある会社名だなと、思いながら開いてみると、なんとコンドームの説明書です。ドキンとしながら、少しばかりあせってしまったのですが、でもさすがに我が父だと大笑いしてしまいました。コンドームの取扱説明書を、山頭火の本の栞に使う。とてもじゃないが、私にはこんな引き出しを持ち合わせておりません。絶妙な配置だと、感じました。 久しぶりに山にでも行ってみようかと考えています。

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